株式会社デライトフル代表・小林潤がさまざまな「建築人」を招いて建築論を展開する本連載。記念すべき第一弾は、建築家の堀部安嗣さんにご登場いただいた。設計士と工務店というパートナーとしてダッグを組み、これまで3軒のお宅を手がけてきた2人だが、こうして話すのは初めてだという。
「幸せ」を追求する設計士と、“工務店界の江ノ電”が追い求める、「関わる人すべてが満遍なく幸せな状態」を生む、住まいづくりとは——。
小林:最初に堀部さんのお名前の知ったのは、建築家の永田昌民先生(※1)とお仕事させていただいたときですね。永田先生が私のこと可愛がって下さっていて、あるとき「先生が『すごいな』って思う設計士さんはいらっしゃいますか?」ってお伺いしたときに「今は、堀部が別格だな」ということを言われたんです。
堀部:それは初耳ですね! 僕の師匠は益子義弘先生(※2)ですが、益子先生と永田先生は、共同で事務所をやっていて、永田先生は僕にとってもう1人の師匠みたいな方です。
僕自身、お二人にすごく影響を受けていて、先生方の共通点は、施工者や工務店、建設会社あるいは職人さんたち、モノを作る人に対してすごいリスペクトをしていることなんです。「設計士や建築家が偉くて、施工者がその下にいる」っていう図式をまったく描いてなくて。常にフェアで尊重し、一緒にモノを作っていくという考え方なんです。
小林:そうだったんですね。永田先生とお仕事をさせていただいたとき、我々工務店側にも本当にていねいで、神奈川県内で10数軒ご一緒したのですが、すべてが学びになることばかりでした。堀部さんのお仕事をさせていただいたときと重なる部分がとても多かったです。
堀部:お二人からは、設計士には設計士の役割があるんだということを教わりました。「その役割をきちんと果たしなさい」と修行中によく言われたものです。
そのひとつが「ちゃんとした図面を描く」ということ。設計者の自己満足で図面を描いていたり、かっこいいけれど施工者(工務店)の視点になってないとか。そういう使えない図面は描くなって言われていました。「設計屋は図面描かなくてどうすんだ」と。
小林:その通りですね。本当にすべてを事細かく図面に起こしていただいて。施工するうえで、設計に無理がないんですよね。本当に現場のお仕事をよく分かってらっしゃいました。
堀部:もうひとつの設計士の役割が、施工者さんと施主さん(建て主)の間に立って、いかに円滑に現場が動くようにするかということでした。
例えば、設計士が施主さんと仲良くなりすぎて、施工者さんが置き去りになってしまったり、その逆もよくあることです。三者がいい関係で、いい循環のなかで現場が進んでいくよう、その舵取りをするのが、設計士の一番大事な役割だとおっしゃっていました。
小林:工期なんかもそうですね。設計士さんが引いた図面を形にするのが我々の仕事ですから、どのくらいの日数で、いつ頃までに完成させるかというのは我々の裁量次第です。そのとき、堀部さんには施主さんへのフォローをしていただきました。
堀部:あと見積もりもね(笑)。高いと言われることもしばしばです。
僕も師匠から独立をして、言葉としてとくに意識してるわけじゃないんですが、そういった教えはずっと残っていますね。小林さんが言っていただいたような評価をいただくと、今になって恩恵を感じます。
※1:永田昌民/ながた・まさひと。1941年、大阪府出身。建築家。東京芸術大学美術学部建築科を卒業後、益子義弘とM&N設計室を設立(1976年)。1984年、N設計室に改称。生涯164もの住宅に携わり、現在もその住宅の魅力と人となりが語り継がれている。2013年12月、72歳で逝去。
※2:益子義弘/ますこ・よしひろ。1940年、東京都出身。建築家。東京藝術大学名誉教授。永田昌民とともにM&N設計室を設立。1989年より同校の教授を務める(2008年退官)。主な作品に「江古田の家」「箱根の家」など。
堀部:この三者の対等な関係は、僕の師匠筋の教えとして、脈々と受け継がれているように思いますが、実は小林さんと仕事をしていて僕も同じように感じたことでもあるんです。
小林さんは、現場で本当にこまめに職人さんとコミュニケーションをとってらっしゃいます。大きな目的と言いますか、「住まいを作る」という点で目指しているところが一緒だと思います。
それは、あまり月並みな表現で言い表しにくいのですが「幸せ理論」って呼んでいます。建築とか住まいづくりって、幸せの総体の運動だと思っています。
例えば、特定のひと握りの人だけが利益を得て、そのほかの人たちがつまらない仕事って思ってしまったり、建築家が自身のクリエーションを研ぎ澄ませたいがために、工費を無駄に使っているようではいい家は建ちません。、
クライアントや施工者が大変な思いをするアンバランスな関係にならずに、関わるすべての人たちがみんな共通に幸せ感を持ってないと建築って作れないんじゃないかなって思うんですよね。
普請(※3)には本当に多くの人が関わっています。設計事務所のスタッフから、工務店の監督さん、材木屋さん、レッカー業者とどんな小さな家でもあらゆる職種の人が現場を出入りしています。そこに関わっているすべての人が満遍なくいい状態である、ということが幸せ感を持っている住まいづくりだと思います。
小林:そうですね。職人さんがいい雰囲気で仕事をしていると、つい用事がなくても現場に足を運んでしまったり、お客さんも完成が楽しみで遊びに行っちゃったりして。
堀部:例えば、建て主が工務店や建築会社を叩いて叩いて、破格の金額で家が作れたとしましょう。でも、それではみんなが泣います。建てたときはいいかもしれないですが、そのあと家の面倒を見てくれる人がいなくなっちゃうじゃないですか。
小林:今でも「下請け」っていう言葉が引っかかっているんですが、職人さんがいないと仕事にはならないんですよ。職人さんを買い叩いていたり、彼らが仕事をできるいい環境を作らないと関係は築けません。
堀部:いい建て主さんで利他的な思いがある方って、家が建ったあともどんどんと職人さんや監督さんとの付き合いを深めていきますからね。この家のためだったら面倒見てやろうって、次々に気持ちの連鎖が生まれて、代が変わってもその関係が続いていきます。
だから住まいづくりは、利他的であればあるほどその人に返ってくる仕事だと思いますし、僕もそれをすごく意識するようになりました。やっぱり人間って利己的な生き物だと思うんですよ。
自分の幸せとか利益を追い求めるのは仕方がないと思うんですけど、利他的な視点がない人は結局利己も得られないってことだと思うので。
これは、出過ぎた言い方になるかもしれませんが、「デライトフル」という会社うんぬん以前に、小林さんという人間が利己と利他が共存しているように思います。
小林:そうですかね。ありがとうございます。依頼が入ってその図面を具現化するために、どの木材屋さんにお願いして、板金屋さんはあそにご依頼してというのが工務店の仕事なのですが、僕はそこをもっとアピールしたいんですよ。
どうしてもデライトフルが建てた家ってなってしまうんですが、「僕たちとやっている職人さんはね、この板金屋さんは…、あの材木屋さんはね…」というところアピールしたいです。そういう人と仕事しているって思ってるので。
お客さんに対してもそうですし、これからうちにご依頼いただくような設計事務所さんにもアピールしたいところです。そこで、堀部さん言われるように職人さんを評価して、稼げる時代をちゃんと作っていかないと、先はないと思っています。
堀部:すると当然工事費も高くなりますね(笑)。職人さんの仕事の対価として、工事費が高くなるのは当然だと思います。
小林:利益のためじゃないです(笑)。
堀部:職人さんにも、監督さんに対しても、仕事に対して報われるような評価って、一瞬のさりげないひと言だったりしますよね。「デライトフルさんにお願いして良かった」とか、「大工さんが細かいところまで調整してくれた」とか、そのひと言ですごく報われるっていうのはありますよね。
建て主が、自身の家を作ってくれる人に対して、接する時間とかタイミングとかコミュニケーションを取る場が必要なんじゃないかと思うんですよね。コンビニで売っている商品ではないので。
小林:そうですね。職人さんたちはみな素晴らしい仕事をしてくれています。あとは近隣住民の方々ともうまくコミュニケーションを取ることも大事ですね。「お互い様ですからね」って雰囲気で職人さんたちが仕事しやすい環境づくりは本当に大切です。
堀部:小林さん、ひいてはデライトフルさんには利己と利他が共存していると言いましたが、「本当の利己」「本当の利他」って何も犠牲にしてないんです。実際、小林さんも本心で動かれているから、犠牲にしているところってゼロじゃないですか。
だから、僕は、デライトフルは“工務店界の江ノ電”だと思うんですよね。
※3:普請/ふしん。土木・建築のこと。
堀部:なぜ、デライトフルが“工務店界の江ノ電”なのかという説明の前に、先ほどお話しした「関わっているすべての人が満遍なくいい状態」ということについてもう少し話しましょう。
例えば、AIが本当に人の幸せにつながるかっていうと、実際のところ分からないんですよね。あるいは、建築の技術も過度な免震構造のように、テクノロジーだけが暴走して人間が置き去りになってしまって、「全然幸せになってないぞ」って気がつくことがあります。
大きな建築会社のテクノロジーって新幹線型になってるんですよ。すごくスピーディに。
新幹線は、あっいう間に目的地に行けるし、一時は地域の経済も潤うかもしれない。幸せがあるかもしれないけど、より早く、より遠くにというテクノロジーの先にあるものってなんなんでしょうか。
すごいスピードが出るようになっても、東京〜福岡間だったら飛行機に負けちゃうとか。リニアモーターカーが出てきちゃうとか。その時代の最新のものは旧式のものに置き換わってしまって、新幹線は「ボクは、こんなに頑張ってるのに幸せになれないな」って思ってると思うんですよ。
小林:今、新幹線に乗るときに幸せを感じるかと言われればそうでもないですね。
堀部:当たり前のようになってしまって。ただただ合理的に、機械的に……。新幹線って気の毒なんですよ。旅情を楽しむとか、列車を楽しんで乗るとか、情緒がまったくなくなってしまって。
国土を壊しながら線路も高架橋も作っても飛行機のスピードには敵わない。一方、江ノ電ってめちゃくちゃ遅いじゃないですか。
小林:遅いですね。
堀部:遅いけど、あの電車に比較できるものってないんですよ。だから新幹線は絶対に江ノ電には勝てないんです。沿線に住んでる人も観光客も、幸せ感を持って江ノ電と向き合って乗ってるんですよ。
小林:そうですね、「みんなの江ノ電」っていう感じがありますね。
堀部:スピードもいいですよね。ゆっくりもしているし、人と人の生物的なリズムと違和感がないと思うんですよね。それでいて、自家用車でも、バスでも代えが効かない存在ですよね。
湘南エリアで事務所を構えていることもそうですが、職人さんを大事にしている姿勢や、小林さんの人柄というのは、“工務店界の江ノ電”に相応しいな。と考えていたんですよ(笑)。
小林:江ノ電に例えていただけるとは光栄ですね。ありがとうございます。事務所も自宅も江ノ電沿線なのでよく利用するのですが、あの箱庭感は代わるものがないですね。
堀部:あのゆったりとしたスピード感で車窓を眺めていても目まぐるしく場面が変わる展開にも味があります。なので、工期が遅れても文句を言わないようにします(笑)。
小林:ありがとうございます。江ノ電なので(笑)。
これは、堀部さんのお力が大きいとは思うのですが、これまで3軒のお宅を完成させてすべての家が家族や風景によって全然違う家なんですよね。最初の秦野(写真下・左)の家も、葉山(写真下・右下)も鎌倉(写真下・右上)もまったく違った意匠で、江ノ電の車窓のようにとは言いませんが、堀部さんが、その家族の雰囲気や風景を汲み取った設計が形になっているのだと思います。
小林:これまで話してきたこと全般に言えることですが、実際にこれから建てようと思っている人と、設計士や施工者など、我々作り手側とでは情報のギャップがあると思うんです。やっぱり、そこに関わる全員がみんな納得いくように、現場を進めていくことが本当に大事なんですよね。
堀部:おっしゃる通りですね。
小林:例えば、家の建て方って大きく2つあると思うんです。メーカーさんのショールームを見て、それをモデルに建てたい家を選ぶ方法と、我々がやっている、設計士さんが設計したものの依頼を受けて建てる方法です(※4)。
お客様のなかには、設計士さんにお願いすると高くつくんじゃないかとか、設計士さんが手がけるのはよほどお金持ちや有名な人だけと思っている方もいらっしゃいますね。
でも、本来「家づくり」は紋切り型の規格品のように同じになるということは絶対にないと思うんです。土地柄や環境、家族構成、生活スタイルに応じて、一軒一軒その家のカタチがあるはずです。だから設計士さんは、何度も打ち合わせを重ねながら、その家に住む人に合った唯一の「家づくり」をしてくれるんです。それがいかに大事なことなのか、と僕は思います。
堀部:僕は、「家づくり」は「食」とすごく似ていると思っています。小林さんのおっしゃった前者は、言わば出来合いのものとかチェーン店のそれですよね。それはそれで魅力があるし、何より分かりやすい。間口も広いし、それはそれでいいと思います。
けれども、どっかの親父さんが作っている小料理屋とか定食屋とかって、最初は入りにくいじゃないですか。でも、一度入って親父さんと女将さんと仲良くなっちゃうと、そのときの体調に合わせて好きに作ってくれたり、メニューにないものができていますよね。
小林:すごいいい例えですね。
堀部:だから、間口の狭さはある意味、仕方がないなと思っているんですよ。誰もがお気に入りの小料理屋に出合えるわけではありませんし、そういう親父さんや女将さんが切り盛りしてるお店が、建築の世界にも同様にあるっていう認識は持っていただけたらなと思います。
小林:ただし、「家」と「食」が決定的に違うのは、味わう時間の長さですよね。
堀部:そうです。いろんな店に入れないから「本当に出来合いのものでいいんですか」っていうことは考えて欲しいですね。その家に何年住もうと思っているのか、どのくらいの賞味期限を設定しているのかにもよると思います。
戦後の日本の住宅は供給難でしたよね。家がないから、山を切り開いて次々に家を建てるという状態が続いてきて。当時なら、そういう大量生産・大量消費でも仕方がありません。
けれども現代は、人口もピークを過ぎて、空き家の方が増えていく状況になると、「家づくり」も大きく方向転換しないといけないことは明らかなんです。だから新築を作るのであれば、何十年も、あるいは孫の世代にも継承できるくらい質の高いものを作るべきだと思います。
これまでのように、安かろう悪かろうみたいな、建てたものを買うのは控える方向になっていると思います。どうしても資金がなければ、リノベーションとか。そういう選択も大事になってきています。
小林:これからどんどんと家が余ってきますが、昔建てたいい建物ってたくさんあるんです。それをうまくリノベーションして、それを設計士さんに相談するのもひとつですね。
そうすればまたその人の色に染まるというか、「その人の建物」になっていくので。
堀部:そういう暮らしを実践するためには、町の工務店とか、小料理屋の親父さんみたいな住まいの作り手が必要とされてくるんでしょう。あとは職人さんもいないといけませんね。
小林:我々がやっているような小料理屋じゃないですけども、いろんな可能性があっていいんです。
堀部:選択の応用力というか。それは建て主さんだけではなくて、これからの建築屋にも必要になってきますね。
※4:2018年度の持家(=分譲を除く新築一戸建て住宅)の新設住宅着工戸数は約28万戸。そのうち、大手ハウスメーカーによるものが約7万戸程度で、残りの約8割は地元に根づいた工務店などが建てていることになる。(https://www.mlit.go.jp/statistics/details/t-jutaku-2_tk_000002.html)
小林:建築屋の方も変わっていくという意味では、我々からも情報発信できればと思い、こうした取り組みを行っています。
堀部:頭が下がります。実は僕たちも今事務所でYouTubeアカウントを作って、動画を作ろうとしているところです。
小林:「家づくり」に携わる者として、やはりこれから家を建てる人にも、今後家を買おうと思っている人に対して、もっと選択肢が広がるように働きかけていきたいですね。
大手メーカーさんのショールームを介した建て方とか、建て売りを否定するわけではないんです。競合するものでもありませんし、違うものとして知っている方々とお仕事させていただくっていう言い方が一番しっくりきますね。
堀部:今は、昔に比べて本当に安い値段で家が作れちゃいますからね。僕らからするとビックリするような値段です。それは素晴らしいことである反面、問題でもありますよね。
数百円の丼チェーン店では何が使われているんだ、みたいなことです。
小林:職人さんから裏事情も聞きますからね。
堀部:家を買う人が、一番考えなければならないのは、今から建てようとする家が何年住むのかということだと思います。賞味期限の話ですね。20、30年で壊されるくらいのつもりだったら、新築はやらない方がいいですし、リノベーションや中古マンションの方が合理的です。
新築を建てるなら、自分たちが死んだ後も、ほかの人にハードウェアとして「そのままで継承できるよ」くらい質の高いものを作るべきだと思います。継承して紡いでいく家ですね。
イニシャルコストはかかるけど、50、60年住むならトータルでは結果的には高い買い物ではないと思うんですよ。売ることを前提に買っている家も同じです。ちゃんと次の世代にバトンタッチできる家でないと長く残りませんし、果たして本当に価値のあるまま売れるか、ということは考えてほしいところですね。
(後編へつづく)
撮影/高田率
編集・執筆/山田卓立