株式会社デライトフル代表・小林潤がさまざまな「建築人」を招いて建築論を展開する本連載。(前編はこちら)
これまで多くの住まい手に、あらゆる形の住まいを届けてきた2人が、住まいづくりにおいてもっとも重要とも言える判断軸を教えてくれた。「視覚」と捕らわれない住まいとは。「知覚」を研ぎ澄ませて見えてくるものとは——。長く住み続けられる「いい家の価値」とは何かを考える。
左/堀部安嗣(ほりべ・やすし)
1967年生まれ、神奈川県出身。建築家。京都芸術大学大学院教授。1990年、筑波大学芸術専門群環境デザインコース卒業後、益子義弘に師事。1994年に堀部安嗣建築設計事務所を設立した。25年間に100軒以上の住宅や店舗等を設計。2002年に第18回吉岡賞受賞、日本建築学会賞(作品)を受賞。見学できる作品には「鎌倉山集会所」(神奈川)、「大山阿夫利神社 茶寮石尊」(神奈川)、「ひねもすのたり」(東京/阿佐ヶ谷)、「ある町医者の記念館」(鹿児島)など。近著には『住まいの基本を考える』(新潮社/2019年)、『小さな五角形の家』(学芸出版社/2017年)、『堀部安嗣 建築を気持ちで考える』(TOTO出版/2017年)など。
右/小林・潤(こばやし・じゅん)
1975年生まれ、宮崎県出身。明治創業の建具商にルーツをもつ京都の老舗建築会社・株式会社築柴に入社。京都で建築の基礎を学び、営業部、施工管理、監督と下積みを経て、2003年に小田原の工務店、株式会社安池建設工業に入社。建築家・永田昌民に出会い、ともに家づくりを行う。その後、自身で考える住まい手に寄り添った家づくりをしたいという思いから2015年、神奈川県藤沢市に株式会社デライトフルを立ち上げた。湘南エリアを中心に、著名な設計士とタッグを組んで住まいづくりを手がけている。
小林:建て主、設計士、そして施工者の三者がきちんと噛み合ってこそ、幸せの家づくりが実現するという話を前編でお話ししてきました。
それには家づくりを依頼する側(建て主)と、家をつくる側(設計士や施工者)の情報のギャップがまだまだ大きいと感じています。堀部さんは、住む側の人が持っている情報のリテラシーについてどう考えていますか。
堀部:重要なことですね。一生に一度の大きな買い物ですし、これから家を建てようと思っている人は、大きい夢を持って期待に胸を膨らませています。それに寄り沿うわれわれの立場が「こんな暮らしができますよ! ドーン!」という風呂敷の広げ方は良くないですね。
「フィクションの押し付け」になってはいけないんですよ。
小林:具体的にどういうことですか?
堀部:これから家を作る人が見落としやすいのは「視覚以外」の感覚です。希望で胸いっぱい、夢いっぱいに人は、間取り図とか完成予想図とか、出来上がりを簡単にイメージできる「視覚」に意識が集中してしまいがちです。でも、実際に住んでみて気になるのは、感覚で計算できないそれ以外の部分にあると思います。
設計する側も、家を作る建設会社側も一番伝えやすいので、ビジュアルに特化した説明が多い気がします。でも、それ以外の感覚をきちんと共有するのが、僕たちのプロの仕事です。
この家に住んだらどういう音が響くとか、歩いたときにどんな感じがするとか、触覚やにおいまでイメージできる人はまずいないですよね。住んでみて感じるところって、動きやすいとか暖かいとか、この床で生活していて腰痛が治ったとか。「視覚以外」の快適性の方がずっとずっと大きいんですよ。
小林:本当、その通りですね。
堀部:だからそれらをある程度シュミレーションして図面を引けるというのが、設計のプロじゃないかな。僕はそこに自分の使命をすごく感じていますし、その「視覚以外」の感覚をどう呼び起こして、きちんととイメージを共有できるかということがすごく大事。
家って矛盾したことを共存させていくってことなんですよ。
小林:もう少し具体的に教えていただけますか。
堀部:家を建てるときって経済的にも身体的にも家族の関係性も充実しているじゃないですか。30代は収入もあって、家族は健康で、将来への希望に燃えてる段階だと思うんですよ。でも、家が出来上がって、20年、30年もすれば、家を建てたときと心身の状態は確実に変わるわけです。
本来はそこまでも予測しないといけないわけですよね。だから、建てたときに「ちょうどいい家」っていうのは時間が経っても必ずしもそのときにフィットするとは限らないんです。
小林:当然ですが、問題が生じるのは建て主さんが住み始めてからですね。それを事前にイメージさせるのも我々の仕事ですし、職人さんはじめ現場にも周知させるのが本当に重要ですね。
堀部:あとは皆さん明るい家がいいっておっしゃるじゃないですか。まあ当然ですよね。でも、実は明るいところばかりの家なんて住めたものじゃないんですよ。
病気になってベットにいる時間が長くなると、お日様をサンサンに浴びているベットルームなんて辛くて寝てられませんよ。明るすぎる寝室や納戸も、あるいはリビングもコンビニみたいな明るさだと生活するのは難しいはずです。
ガラス張りのオープンで広いリビングが自慢のお宅も、住んでみるとカーテンが締まったままになってる場合が多いです。
小林:明るいところがあると同時に、暗いところも作ってあげないといけないということですね。永田先生(※1)も同じことをおっしゃっていました。
堀部:今は一日中パソコンを見ている人も多いと思いますし、実生活にはひとり籠って自分だけの時間を取るということも必要ですからね。
明るさも広さも高さも、相反する要素と同居していくってことなんですよね。家の経年も、自分の身体の変化も、家族の状況も常に同じということは絶対にありませんから。そういうさまざまな状況の変化を許容できる包容力というか、応用力を持った住まいづくりが理想なんですよね。
僕もそういうことができる人間になりたいです(笑)。
小林:いえいえ。
多少の不都合にも耐えうるというか、最初は住みにくかった家も10年住んでみると、却って都合が良くなって暮らしにマッチしてきたという話も聞きます。家の魅力は一瞬で評価はできないということですね。
堀部:あともう一つ大事なのは、住まいの「温熱環境」ですね。また「食」の例えになってしまうんですが(前編参照)。多くの人は食べ物に対しては、「これを食べ続けたら健康にいい」とか「こういうは体に良くない」って認識していますよね。僕は、住まいも実はこれと同じだと思うんです。「コミュニケーションが取りやすいから夫婦円満」も「こういう作りだから体を悪くした」とか。
それって幸せ感が高いと思うんです。これを市井の方々はまだ「食」ほど分かっていないはずです。
「温熱環境」に限って言うと、WHOでは「1年を通して18度を下回る家は作ってはいけない」と言っています(※2)。それほど家が温かいということが人の心身に影響を与えるかという証拠だと思います。
それは科学的に検証されていて、脳年齢が若かったり、寿命が長かったり、温かい家で暮らしている人とそうでない人を比較したさまざまな研究が証明しています。
小林:そうなんですね。
堀部:寝るときは布団かければ暖かいと思っていても、寒い寝室の冷気は鼻から入って脳もそれを感知して、眠りが浅くなるとも言われています。
「ヒートショック」(※3)も建築の世界では有名な話です。あるいは床や壁の放射温度の関係など、「温熱」に関する住まい環境が心身に与える影響について、しっかりとエビデンスをとっていくっていう動きがあります。
小林:そうですね。私もソーラー設備や全館空調のような建物を手がけると、次のシーズンにお客さんが「本当あったかい!」って笑顔なんですよ。やっぱり「家がいいな」っていうのは、「家にいたいから家族も集まる」ってことになりますしね。
僕は実家が地方なんですが、家が寒いんですよ。それが当たり前と思っていたので、ちょっと暖かければ十分だと思っていたんですよ。それは堀部さんとお仕事させてもらって、断熱が本当にしっかりされていて。
堀部:空気が違いますよね。今進めている葉山のお家も、ものすごく温かいんですよ。工期中なんですが、なにより職人さんたちが暖かいって大喜びしています(笑)。
小林:住まう人は大前提ですが、職人さんの環境も重要ですね。
以前、堀部さんとご一緒させていただいた鎌倉のお宅(写真上)が瓦葺きだったんですが、昔なつかしい意匠でも断熱技術は最新のものを入れているんですよ。瓦葺きなので夏はもちろん涼しいんですが、冬はすごく温かかったのを覚えています。
※1:永田昌民/ながた・まさひと。1941年、大阪府出身。建築家。東京芸術大学美術学部建築科を卒業後、益子義弘とM&N設計室を設立(1976年)。1984年、N設計室に改称。生涯164もの住宅に携わり、現在もその住宅の魅力と人となりが語り継がれる。2013年12月、72歳で逝去。
※2:2018年11月、WHO(世界保健機構)は「冬の室内は最低18度以上が望ましい」という勧告をした。脳神経が若返る、健康寿命が延びるなど、さまざまな調査研究の結果として住まいづくりと温熱環境の関係性が分かってきている。
※3:ヒートショック/気温の変化による気圧変化で身体へ悪影響を及ぼすこと。冬場の風呂上がりや寝室など、家の中の温度差によって血圧が大きく変動し失神や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こすこと。
堀部:デライトフルさんは、自社で設計はせずに施工業だけをやられていますよね? 今では設計もやる工務店もめずらしくないと思いますが(※4)、工務店業に特化している理由ってあるのでしょうか。
小林:やはり自社で設計までやるとコスト管理ができるので、会社としては利益が出るのは事実です。会社としては悪いことじゃないですし、やる会社があってもいいと思います。
ただ、設計をやると利益を考えちゃうんですよ(笑)。本当は楢(なら)の木を入れてやった方がいいけど、予算を考えるとちょっと栂(つが)でいいかとか……。自社でやるとそういうところが出てくるんですよ。
そろばん勘定になると、モノづくりの方に妥協が出てしまいますからね。それは私だけじゃなく、うちの監督もそういう人間が多いですし、職人もこだわっている方が多いです。
小林:私は今でも現場に出ることがあるんですが、職人さんから「何言ってんの!しっかりやりましょう」って逆に怒られることもあるんですよ。施工に徹底した会社なんだなって思ってくださっている職人さんたちも多くて、やはりそこはぶれたくないところですね。
堀部:僕もそういう経験ありますね。円形の書庫(※5)を作ったとき、厳密にいうと円ではなくて24角形になんですが、全面の前っ面を合わせるのは職人さんが大変だろうから、直線でいいって言ったんですよ。
そうしたら「いいんですか!」みたいな感じで。「大変でしょ、1枚1枚円弧に刻んでいくのは」って言うと、その大工さんが「先生、見損なったよ」っていう風に言われて、こっちが逆に「すみません!」って(笑)。
やっぱり、施主、設計、施工の3つが独立していることの良さって、そういうところにも出てきますよね。
小林:その通りですね。経営的なことを考えて設計もやろう、という考え方よりもリフォーム工事をいただいたり、メンテナンスをしっかりできる体制になっていった方がデライトフルらしいんじゃないかなと思っています。
堀部:大手のハウスメーカーさんだと、否応なく設計と施工が一緒で、トータルで購入することになりますが、工務店さんだと選択肢があるということですよね。
小林:施工が本職ですし、得意だと思っているのでそこを伸ばしていくことがデライトフルが成長できるのかなと思っています。
堀部:“工務店界の江ノ電”ですからね。価格競争に巻き込まれずに、職人さんたちへの評価や価値を認めて、そのスタイルを続けていってほしいです。
小林:そうですね。それが強みなので今後ともよろしくお願いいたします。
堀部:ありがとうございました。
小林:ありがとうございました。
(完)
※4:多くの場合、施工は工務店、設計は設計士(設計事務所)と分業されているが、設計を行う施工会社も増えてきている。また、ハウスメーカーの場合は、設計から施工まで一手に行う場合が多い。
※5:円形の書庫/堀部安嗣の代表作のひとつでもある「阿佐ヶ谷書庫」のこと。「阿佐ヶ谷書庫プロジェクト」として企画された、社会学者の松原隆一郎の書庫。わずか8坪の敷地に1万冊の蔵書と執筆スペースを設けた。
撮影/高田率
編集・執筆/山田卓立